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教会の歴史

新生の里 創世記

ギャロット家族、大村移住

最初は、自宅から小さな集会として始まりました。

1981年10月に、ギャロット家族は大村へ来ました。

最初の頃は、長崎バプテスト教会と協力して岩舟に伝道所を建てました。

その後、自宅で英語バイブルクラスを開き、そのクラスを通して木村えり子さんが信仰決心をしました。

彼女が洗礼を受けたことで、教会が生まれることになりました。教派を越えて信仰を守れるように、超教派の単立教会として誕生しました。

新生の里キリスト教会としては、1984年5月にギャロット宅にて始まりました。教会名は、当時の出席メンバーの提案でした。

郷野美知子さん、佐藤やす子さん、木村えり子さんが初期メンバーです。

その時、以来、多くの家族と個人がこの教会を「母教会」にしました。

そして、新生の里キリスト教会を通して、地域の人達など、多くの方々がキリストの影響を受けることになりました。

ゆりかご保育園での礼拝

1985年9月から、約半年間、ゆりかご保育園で礼拝をしていました。

ジャック牧師がメッセージを語り、子供がいる時は、娘のルースとアンが絵やパペットを用いて人形劇などで聖書の話をしました。キャシー婦人は、ピアノを弾いて、木村えり子さん、ジャック牧師、ルース、アンで、賛美歌のリードをしました。

約半年間、ゆりかご保育園で礼拝をした後は、また、ギャロット宅での礼拝に戻りました。

本町のさくらタクシー車庫の二階で礼拝

さくらタクシー車庫二階(大村市本町)

1986年の秋から、大村市本町のさくらタクシー車庫2階で礼拝をし多くの恵みを受けました。

この頃は、九州の色んなところへ音楽と賛美の奉仕をして回る活動をしていました。教会のメンバー達も、よく同行していたので8人乗りの車を購入しました。

色々な国の人が出席するようになり、礼拝をバイリンガルにしました。どんな国の人が来ていたかというと、アメリカ、カナダ、イギリス、韓国、フィリピン、ニュージーランド、オーストラリア、ブラジル、香港、ホンジュラス、インド、ケニア、セント・トーマス島と複数の国から出席しました。YMAMのチームも何組か来ていました。

この頃、ギャロット家族が不在になる時期がありましたが、信徒が自分達で礼拝を行ったり、地域の他の教会へ行き、礼拝に出席したりしました。

これにより、大村の他の教会と交流が深まり、信仰の一致も高まりました。

それから、大村市の他の教会と合同で行うイベントが増えました。

1996年、教会のWEBサイトを日本語と英語で公開しました。www.shinsei.orgで世界中の人々が大村での主の働きについて情報を得られるようになりました。

インターネットでこの教会の存在を知って、旅行や留学中に礼拝出席する人が何人もいました。

導きの土地、現在の会堂ができるまで

美しい印を主が見せてくれた場所

1996年の後半、主は私たちに土地を探すように導きました。

教会の信徒たちと、いくつかの候補の土地を見て回りました。

7つ目の土地を見に行った日の話です。主は、この場所で美しい印を見せてくれました。棒型虹が出ていたのです。

この土地こそ主が私達に与えてくれる土地だと確信しました。

礼拝堂を建てる

土地の定礎式は1998年7月26日に行われました。

建築は、ボランティアの助けをいただいて8月に着工しました。骨組みができると信徒達で門柱や柱に聖句を書きました。

聖句を書く信徒達

主は、色んな物を建物のために無料で備えてくださいました。

玄関の自動ドア、他のドア、サッシ、流し台、便器、温水器、照明器具、鏡、キャビネット、テーブル、椅子、ウォータークーラー、クーラー外の花まで備えてくれました。

教会の近くにある踏切をわたる時に見える教会堂の姿は、建築を考える約9年前にキャシーさんの夢の中に見せられたものです。教会が始まった頃に与えられた御言葉と関連します。

その御言葉は、ハバクク書に書かれています。

主は、私に答えて言われた。幻を書きしるせ。これを読むものが急使として走るために、板の上にはっきり書き記せ。

この幻は、なお、定めの時のためである。それは終わりについて告げ、まやかしを言ってはいない。もし遅くなってもそれを待て。それは必ず来る。遅れることはない。

ハバクク書2章 2節〜3節

キャシー婦人が見た夢を再現した外観

キャシー婦人が見た夢の中にステンドグラスも出てきました。そして、その意味も教えてくださいました。

夢に出てきたステンドグラスを再現

十字架にかかっている赤い丸は日本の国旗を示し、十字架はキリストが日本のために死んでくださったことを示し、青い模様は神の川に流れる生ける水を示します。外から見ると窓の間で示されている大きい十字架の上の方に二つの三角窓が見えます。その窓の炎の鳩は、聖霊を意味します。

今の教会堂で礼拝開始!

新しい会堂ができて最初の礼拝は、1999年のイースターに行われました。

その礼拝に出席した人数は、大人が15名と子供が5名でした。献堂式は1999年4月25日に行われ、色々なところから激励する人が来て満員になりました。集まったみなさんと共に主の御業に賛美をしました。

主の導きにより様々な活動を行っています。

1999年のクリスマス。100人以上の人が集まりました。

クリスマス会を行い、活水のハンドベル演奏を聞いたり、クリスマスの歌を歌いました。会堂が超満員になりました。

それから、大村市の他の教会、カトリック、プロテスタント6つの教会が合同で協力して特別なクリスマスイベントを行う「市民クリスマス」が始まりました。(参加教会は、プロテスタントが、日本基督教団大村教会、日本パプテスト連盟古賀島キリスト教会、長崎インターナショナル教会、私たち新生の里キリスト教会。カトリックが植松教会、水主町教会。合計6教会)

新生の里、独自の活動としてクリスマスキャロルをしています。家々を回って、クリスマスソングを歌います。訪れた家の方々も楽しみにしてくださり、信徒も、そうではない方も共に歌いクリスマスの幸せな時間を過ごすことができました。

その他には、特別養護老人施設へクリスマス賛美の奉仕を行いに行ったり、クリスマスイブには会堂にてロウソクの灯りだけで礼拝するクリスマスイブキャンドルサービスを行っています。多くの方にクリスマスの話を聞いていただき、神様の愛のメッセージに感動していただきました。

その他にも、導きのままに祈りの行進、特別賛美コンサート、夏季学校、トラクト配布、イースター子供プログラム。色々なイベントをやってきました。(ジャック牧師に活動の話を聞いてみてください、色んな証が聞けますよ。)

この会堂は多くのことに利用されてきました。結婚式や御葬式、カウンセリングなどでも多くの人が訪れました。納骨堂もあるので、お墓でもあります。この場所へ来ることによって必然的に神様のことを知ることにつながります。多くの人が神の愛に触れて救われることを祈っています。